2009年8月24日 (月)

七里ヶ浜の哀歌

作詞 三角錫子 作曲 ジェレマイア・インガルス

1真白き富士の嶺、緑の江の島 仰ぎ見るも、今は涙
 かえらぬ十二の雄々しきみたまに 捧げまつる、胸と心

2ボートは沈みぬ、千尋の海原 風も浪も小さ腕に
 力も尽き果て、呼ぶ名は父母 恨みは深し七里ヶ浜辺

4みそらに輝く、朝日のみ光 暗に沈む、親の心
 黄金も宝も、何にし集めん 神よ早く、我も召せよ

今、施設で歌っている歌の一つです。これはボート転覆事故で亡くなった実際の事故の鎮魂のために、もともとあった唱歌の歌詞をかえた替え歌ですが、こちらの歌詞のほうがはるかに有名になりました。だって、こんなステキな悲しい歌詞なんですから。
4番には、キリスト教的要素がありますね。省略しましたが、6番まであります。

曲もすばらしいです。そして私好みの曲調、キリスト教的要素の入った歌詞とあいまって、この曲は唱歌の中でも、マナ的にはトップクラスで好きです。
ちなみに作曲したジェレマイア・インガルスは、ローラ・インガルスの遠い親戚だそうです。

さて、この歌は讃美歌になっています。新聖歌465番(聖歌623番)「いつかは知らねど」です。
この聖歌は、近いうちに書きたいな...。もちろんこの聖歌も大好きです。

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2009年7月26日 (日)

ラ・ノビア

作詞 フレッド・ジョルジュ 作曲 ホアンキン・プリエ-ト 訳詞 あらかわひろし

♪白く輝く花嫁衣裳に 心を隠した美しいその姿
 その目に溢れる 一筋の涙を 私は知っている アヴェ・マリア

 祭壇の前に立ち 偽りの愛を誓い
 十字架に口づけして 神の許しを願う
 その目に溢れる 一筋の涙を 私は知っている アヴェ・マリア

この曲をペギー葉山さんが歌ったのは昭和36年。紅白でも歌われたことがあります。
ペギー葉山さんと言えば、「学生時代」などもそうですが、こういうキリスト教用語を使用した歌なども歌います。

しかし、この歌の歌詞は、どういうシチュエーションなのかな。望んでいない結婚をしようとしている花嫁、そしてそれを見ている誰か。いろいろ想像する余地がありますね。

それはともかくとして、歌はとてもステキです。
最近のマイブーム番組、BS日テレ、月曜夜10:00~の「BS日本こころの歌」で聴いて、改めてよい歌だと思い書いてみました。

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2009年4月20日 (月)

朧月夜

作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一

♪菜の花畠に、入日薄れ 
 見わたす山の端(は)、霞ふかし。
 春風そよふく、空を見れば、
 夕月かかりて、にほひ淡し。

♪里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
 田中の小路を たどる人も、
 蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、
 さながら霞める朧月夜

わが町盛岡では、今が桜満開です。まさに春真っ盛りで、今日は施設で利用者さんを連れてお花見に行きました。
さて、春の名曲と言えばこの「朧月夜」。この名曲を作った二人は、前に「故郷」の歌を書いた時に紹介した、岡野さんと、高野さんです。(その時の記事はこちら
今回は、岡野さんを特に紹介したいのですが、この方は東京の本郷中央教会で40年にもわたりオルガニストを務めたクリスチャンでした。この方は、他にも「春の小川」「桃太郎」「紅葉」等も作曲していますが、とても控え目な方で、教会員の方は、岡野さんが著名な作曲家であることを後から知って恐縮したり、息子さんですら、「紅葉」を作曲したのが父だったことを知らなかったというくらいです。

なんか、こういう奥ゆかしい人、私は好きです。すごい才能と業績があるのに、周りの人も知らず、自分は一オルガニストとして、主に仕えていたという、その人柄、信仰。

お時間のある方は、こちらをご覧ください。
本郷中央教会と小学唱歌「故郷」を作曲した岡野貞一

岡野さんの作られた唱歌の曲では、マナ的にはこの「朧月夜」が一番好きです。

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2009年3月17日 (火)

赤いサラファン

ロシア民謡 訳詞 津川主一

♪赤いサラファン縫うてみても 
 楽しいあの日は帰りゃせぬ
 たとえ若い娘じゃとて 何でその日が長かろう
 燃えるようなその頬も 今にごらん 色あせる
 その時きっと思い当たる 笑たりしないで母さんの
 言っとく言葉をよくお聞き 
 とは言えサラファン縫うていると
 お前といっしょに若返る

久しぶりに外国民謡を書いてみました。ちなみにサラファンというのはロシアの民族衣装です。ロシア民謡ですが、この津川主一さんの訳詞がとても有名ですね。
津川さんの父は牧師だったので、津川さんは小さい時から教会に行き、賛美歌に慣れ親しんでいました。なので、自らも牧師になった後も、音楽に深く傾倒し、讃美歌「牧人ひつじを」等を訳詞したのをはじめ、「おおスザンナ」「夢路より」などのフォスターの歌も訳詞しました。
特に合唱指導に尽力され、多くの書籍も残しています。

教会って音楽との結びつきが強いですよね。だから、まだ日本に音楽が根付いていないころは、多くのクリスチャンが日本の音楽界を下支えしていたようですね。津川さんもそんな一人なわけですが、私はこの赤いサラファンは好きな外国民謡の一つです。

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2009年1月20日 (火)

赤い屋根の家

作詞 織田ゆり子 作曲 上柴はじめ

♪電車の窓から 見える赤い屋根は
 小さいころ僕が 住んでたあの家
 庭にうめた柿のタネ 大きくなったかな
 クレヨンの落書きは まだ壁にあるかな
 今はどんな人が 住んでるあの家

♪背伸びして見ても ある日赤い屋根は
 かくれてしまったよ ビルの裏側に
 いつかいつか僕だって 大人になるけど
 秘密だった近道 はらっぱはあるかな、
 ずっと心の中  赤い屋根の家

私の家は屋根があざやかな赤なので、建てた業者さんの担当者の方が、私たちの家を「赤い屋根の家」と名づけてくれました。この歌詞の少年のように、ずっと家を大切に思ってほしいということで。
私はこの歌を知らなかったので、ネットで調べたら、これがいい曲なんですよ。というわけで、楽譜もネットで入手して、家の「完成感謝式」、教会の「クリスマス祝会」、先日の「シャロームの集い」(日曜日の記事参照)と、夫婦二人で3度歌わせてもらいました。

この歌は、平成元年に作られて、それ以来多くの小学校で歌われていそうですね。私の世代では知らないけれど、今20代以下の方々なら知っているのかな?
もちそん讃美歌ではないですが、ノスタルジックな素敵な歌です。

この歌は、私たちの家のテーマソングに決定したので、これからも歌っていこうと思っています。

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2008年8月21日 (木)

隣組

昨夜は教会の祈り会に行きました。そのとき、昔は味噌やしょうゆを融通しあった話になりました。でも都会っ子(笑)の私は、子供時代でもそんな記憶はありませんが...。むかしは、隣組といえば、何でも助け合ったものですが、今ではとなりに誰が住んでいるかもよくわからないこともありますね。

そんなこんなで、今わが施設で歌っているのがこの歌。そんな昔の情景を楽しく歌ったのがこれです。メロディは「ド、ド、ドリフの大爆笑~」の歌と同じです。こちらはこの歌の替え歌ですね。

♪とんとんとんからりと隣組 格子を開ければ顔なじみ
 廻して頂戴 回覧板  知らせられたり知らせたり

♪とんとんとんからりと隣組 あれこれ面倒味噌醤油
 ご飯の炊き方垣根越し 教えられたり教えたり

♪とんとんとんからりと隣組 地震や雷 火事どろぼう
 互いに役立つ用心棒 助けられたり助けたり

♪とんとんとんからりと隣組 何軒あろうと一所帯
 心は一つの屋根の月 纏(まと)められたり纏めたり

利用者さんも、ほぼ100%知っている歌です。昔のつながりって暖かいですね。

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2008年6月23日 (月)

故郷

作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一

♪兎追いし かの山 小ふな釣りし かの川
 夢は今も めぐりて 忘れがたき ふるさと

♪いかにいます父母 つつがなしや友がき
 雨に風に つけても 思いいづる ふるさと

♪志を はたして いつの日にか 帰らん
 山は青き ふるさと 水は清き ふるさと

唱歌の「King of King」と言っていいと思います。利用者さんはじめ、職員だれしも知っている曲ですね。

先日、新聞の投書欄に70代(だったような)の方の意見として、「孫の音楽の教科書を見ると、未だに唱歌が載っているが、もう時代に合わなくなっている。唱歌などはやめて、せめて江間章子などの歌にしてはどうか。」というものがありました。
確かに、今時の子供は、山でウサギを追いかけたりしないし、携帯電話で誰とでもすぐに連絡がとれるでしょう。しかし、日本の歌で、10代20代の若者から、80代90代の先輩たちまで、一緒に歌える歌って、他にあるでしょうか? 残念ながら、90代のおばあちゃんや、30代の私の世代は、必ずしも江間章子の歌は知らないのです。

高齢者にいつも接して一緒に歌う私は、やはり今の子供たちもぜひ唱歌を学んで、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に歌ってほしいと願っています...。そうしてずっと、世代を超えて、時代を超えて歌い継いでほしいのです。

ところで、この作曲者岡野貞一さんは、とても熱心なクリスチャンで、毎週教会でオルガンを弾いて奏楽されていた方です。この方は高野さんとのコンビで「紅葉」「朧月夜」「春が来た」など、著名な唱歌を作りました。この方の作る唱歌は、讃美歌の旋律の影響を受けていますよね。お時間のある方は、ぜひ岡野貞一で検索してみてください。この方のクリスチャンとしての人物像はとても興味深いものがあります。(後日記事に書いてみたいです。)

もう一方の高野辰之さんもクリスチャンです。高野さんにとって、志を果たして帰る故郷は、きっと天国だったのではないかな~。そんなことを考えながら、この歌を歌うと、違う感慨がありますね。

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2008年5月22日 (木)

学生時代

作詞・作曲 平岡精二  唄 ペギー葉山

つたの絡まるチャペルで 祈りを捧げた日
 夢多かりしあの頃の 想い出をたどれば
 懐かしい友の顔が 一人一人うかぶ
 重いカバンを抱えて 通ったあの道
 秋の日の図書館の ノートとインクの匂い
 枯葉の散る窓辺 学生時代

♪賛美歌を歌いながら 清い死を夢みた
 なんのよそおいもせず 口数も少なく
 胸の中に秘めていた 恋への憧れは
 いつもはかなく破れて 一人書いた日記
 本棚に目をやれば あの頃読んだ小説
 過ぎし日よわたしの 学生時代

♪ローソクの灯に輝く 十字架をみつめて
 白い指をくみながら うつむいていた友
 その美しい横顔 あねのように慕い
 いつまでもかわらずに と願った幸せ
 テニスコート キャンプファイヤー
 懐かしい日々は帰らず
 すばらしいあの頃 学生時代
 すばらしいあの頃 学生時代

作詞作曲は平岡氏ですが、学生自分にペギー葉山さんが自分で歌っていたものを、曲としてまとめたのが平岡氏であり、実質的にはペギー葉山の自作の歌だそうです。
利用者さんがカラオケで選曲したので久しぶりに聞いたのですが、改めて聞くと、祈り、讃美歌、十字架などキリスト教用語が耳に残りました。ミッション系の大学の出身なのだそうですね。
そんなわけで、ちょっと紹介してみました。

こちらで聞くことができます。

ところで、私が古い歌ばかり書いているので、年配者のように思われるかもしれませんが、わたし、一応30代ですので...誤解ないようお願いします。(笑)

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2008年4月21日 (月)

春の唄

作詞 喜志 邦三  作曲 内田 元

♪ラララ赤い花束 車に積んで
 春が来た来た 丘から町へ
 すみれ買いましょ あの花売りの
 かわい瞳に 春のゆめ

♪ラララ青い野菜も 市場について
 春が来た来た 村から町へ
 朝の買い物 あの新妻の
 かごにあふれた 春の色

♪ラララ鳴けよちろちろ 巣立ちの鳥よ
 春が来た来た 森から町へ
 姉と妹の あの小鳥屋の
 店の先にも 春の唄

♪ラララ空はうららか そよそよ風に
 春が来た来た 町から町へ
 ビルの窓々 みな開かれて
 若いこころに 春が来た

 私たちの施設で今さかんに歌っている歌の一つです。ブログを見たり書いたりする世代で、この歌を「ああ、懐かしい歌だね」と言える人は、相当通の人です。いわゆる国民歌謡というもので、戦中にさかんにラジオで流れていたそうです。利用者さんの間ではよく知られている歌ですが、さすがに職員の間では、一人しか知らなかった。
なぜか知っていた私が引っ張り出したのですが...(笑)

でも、春らしい明るい楽しい歌です。

まあ、本当にこの仕事していると、どんどん歌を覚えるな~。

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2008年3月 4日 (火)

仰げば尊し

♪仰げば尊し 我が師の恩
 教えの庭にも はや幾年
 思えばいと疾し この年月
 今こそ別れめ いざさらば

♪互いに睦みし 日ごろの恩
 別るる後にも やよ忘るな
 身を立て名をあげ やよ励めよ
 今こそ別れめ いざさらば

♪朝夕 馴れにし 学びの窓
 蛍の灯火 積む白雪
 忘るる間ぞなき ゆく年月
 今こそ別れめ いざさらば

日曜日は甥の卒業式に行ってきました。そこで、この歌を歌えたらいいなと思ったのですが、やはり歌わなかったですね。教師を奉ることや、立身出世をうながす歌詞の内容に問題があるとして、最近の卒業式では歌われないそうですね。
自分のときには歌いましたけど、あまり歌詞の意味を考えないで、きれいな歌だなと思って歌っていたような気がします。(子供には歌詞が難しいですよね。)

この歌は作詞も作曲もはっきりしないのですが、スコットランド民謡が元曲で、それを編曲して日本語の歌詞をつけたのではという説が有力のようです。
マナのブログらしく(?)、賛美歌に結び付けてみると、讃美歌261番(聖歌395番、新聖歌110番)「みやこの外なる」のサビの部分にも似ているので、多くの外国民謡を日本に紹介したメーソン(牧師を目指していた)の影響も考えられるようです。

いずれにせよ、とてもきれいな曲であることは間違いないですよね。例によって、私が職場ではやらせています。例外なく、利用者さんもみんな知っていて懐かしんでくれます。大正生まれの利用者さんでも、30代の私でも、歌い継いできたこの名曲、今の若い人たちには知られていないことが残念でなりません...。

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