一クリスチャンとして ~その1~ マナどん引きされる
まもなく、新年度、新学期。住む場所や働く場所、学ぶ場所などが変わる方も多いと思います。私自身は変化はないですが、私の教会では、就職が決まり4月から働きが始まるため、引っ越していかれた方があります。
その方の話によれば、キリスト教系の職場なのだけど、そのことをこころよく思わないで働いている職員が多く、クリスチャンのその方にすれば、難しい人間関係が予想されるとのこと。
こういうのは、本当に大変です。私自身も似たような経験があるので...。
「一クリスチャンとして今を生きる」というのがこのブログの副題ですが、この国ではクリスチャンは圧倒的に少数派であり、クリスチャンとして生きていこうとすると、様々な問題がでてくること、クリスチャンなら誰でも経験されていることと思います。
私の今の職場は、キリスト教系ではないですが、施設発起人である先代の所長がクリスチャンでした。その所長は、やり手ですが人望が多い人ではなかったので、施設の中にキリスト教的な要素をほとんど持ち込んでいないにもかかわらず、「クリスチャンなのに...」「だから宗教なんかやっていると...」「...は変だ、やめてほしい」そのような声が職場には最初から充満していました。
そのような中に自分は入り込んで、5年半前にスタートしました。
当時は、やりずらいことこの上なかったですね。食前の前に祈りを捧げることを欠かしたことのない私は、どうせ皆に知られるのならと思って、勤務初日の昼食の時に皆にクリスチャンであることを公表したのですが、そのような空気があることをまだ知らなかった私は、ドン引きされました。
「あんたもクリスチャンなの?」「またか。かんべんしてほしい」
普段空気が読めない私も、この時は声なき声がずきずきと聞こえてきましたね。(笑)
思うんですが、まったくまっさらにキリスト教と無縁の職場のほうが、冒頭の教会の方や当時の私のような、中途半端にキリスト教化している職場よりやりやすいと思いますよ。クリスチャンイメージが前者は「0」から、後者は「マイナス」からですから。
こうして、苦難の職場環境がスタートしました。
安心してもらうために言っておきますが、今も同じ職場で働いてますが、今はこのような、クリスチャンであるかないかの苦労は皆無です。そこまで何とかこぎつけたのですね。
さて、苦難からのスタートした、職場の中で「一クリスチャンとして生きる」こと。そこからの歩みは、「~その2~」にて書きたいと思います。(不定期連載なので、次回はいつになるか保障できません。(笑))
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