主を待ち望むものは

リビングプレイズ81番

♪主を待ち望むものは新たに 力を受けてのぼる
 走り疲れず 歩みて倦まず 鷲のようにのぼる

今週の礼拝で賛美しました。イザヤ書40章31節からの賛美です。この賛美は、母教会の賛美集にも入っていたので、何度も賛美した馴染みの曲です。
私の好みとしては、伝統的な讃美歌や聖歌のほうが好きな曲が多いですが、リビングプレイズはなじんだ曲が多いですね。歌詞がわかりやすいし、短い曲が多く、覚えやすい。
この賛美なんかは、その典型ですよね。

歌詞までしっかり覚えているこの曲は、今週なんとなく口ずさんでいます。
今までのように、妻と賛美練習する余裕がないこの頃ですが、赤ちゃんを抱きながら覚えている賛美を口ずさみ、子守唄にすることもしばしば。
0歳児からの賛美教育がスタートしています。(笑)

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泣きやむ!

子供が生まれたのを機に、従来の「家建築」というカテゴリを「家族・家」と名前を変えて、家のこと、家族のこと、特に子育ての話題は、ここで扱うことにします。

さて、昨日でちょうど子供が生まれて1ヵ月になりました。いやはや、もう赤ちゃん中心の生活にいやおうなくなってしまいます。子どもが寝てる間に、食事、風呂、家事そして睡眠と、いやはやたいしたお嬢様だ。(笑) ブログを書く暇もない。
あまり、おなかがすいた時以外泣かない子だったのですが、最近は「あやしてほしい」で泣くようになってきて、なぜか私が抱くと泣きやむので、私がいる時は私があやし係なのです。でも、すわって抱いててもだめで、立って抱いて揺らしてあげないと満足しなくなってきて、それはそれで疲れる...。重くなってきているし。

ところで、昨日は教会で、出産祝いに「ハイロー、ベット&チェア」を頂きました。その名の通り、高くしたり低くしたり、いすにもベットにもなるものなのですが、今の時期は当然ベットに使います。これに、スイング機能がついていて、手動ですが、揺らしてあげると揺りかごのように揺れるのです。昨日から、早速使ってみると...。

これが、いい!

ぐずってるときに、こうしてゆ~らゆ~らしてあげると、ピタッと治まって気持ちよさそうにしているじゃないですか!
こりゃいいわ。 抱くのに疲れた時や、こっちの食事中とか、もうこれだな。(笑)

最高のものを頂きました。本当に感謝だな~。

とはいえ、この子供だまし、いつまでもつかな~。(笑)

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一クリスチャンとして ~その4~ 再スタート

職場の中でクリスチャンであることの偏見との戦いの「その4」(最終回)です。
その1 マナどん引きされる
その2 偏見との苦闘
その3 転換点
も良かったらご覧ください。

他の職員の中にキリスト教アレルギーは消えつつあることを感じてはいましたが、それでも「宗教話(聖書の話)を話題に出さない、加わらない」姿勢は続けていました。かつてのアレルギーを見ていただけに、やはり恐かったのです。
しかし、このままではいつまでもかわらない。そこで私は、かけにでました。それは、ターニングポイントになった所長の死から、1年半後。

「今度、教会関係の知り合いのシンガーソングライターが盛岡に来るのだけど、ここで歌ってもらったらどうだろう?」

このころ、名古屋を拠点に活動している旧知のゴスペルシンガーの米田浩司さんが、盛岡に来る情報を得ていた私は、職場のミーティングで提案しました。ゴスペルに加えて、利用者が知っているような古い歌を交えてもらうことを条件に。

キリスト教的要素が排除されてきたこの施設。キリスト教を嫌っていた職員たち。
みんながどんな反応を示すか...。それは、大きなかけでした。

「すごいね。そんな人が来てくれたらとても感謝だね。」「ぜひ、来てもらいましょう。」「どんな人なのか教えて。」

とても小さい施設なので、慰問にきてくれる方も少なく、こういう機会を欲していたという事情もありますが、予想以上に好意的な反応で、拍子抜けするくらいでした。
コンサート当日、始まる前に米田さんと二人で祈りました。それは、この施設で勤めて以来、施設内での初めて声に出した祈りでした。
コンサートは大成功。利用者さんの中には、身を乗り出して米田さんに握手を求める人もあるほど。大好きな米田さんの歌が、この施設で歌われていることが、私にはあまりに感動的で、涙をこらえるのが大変なほどでした。

事後、職員もとても喜んでくれて、盛岡に再び来ることがあったら、ぜひ呼んでほしいと言われたとき、私の4年に及ぶ忍耐の時間は終わったことを悟りました。

それから...2年。

私がクリスチャンであることを、どうこう言う空気は一切ありません。私も、自由に話せるようになりました。(それでも、誘うような姿勢や話は遠慮していますが...)それどころか、例えば仏事のようなことからは、私に対する配慮すらしてくれるようになりました。「一クリスチャンとして」認めてもらえている。
こんなに喜ばしいことはありません。

自分がクリスチャンであると表明した時、人間関係に不穏な空気を作りましたが(その1参照)、やはりそれは必要だったと思います。隠していたら、(マイナスからとはいえ)スタートすらできなかった。
自分はたいしたクリスチャンではないですが、やはり自分を通してクリスチャンを見てほしかった。(その2参照) こんな私なので、「クリスチャンってこんなに清く正しくなんだ」とは見てくれませんが(笑)、クリスチャンは特別な人ではなく、神様を信じているという以外、普通の人なんだとわかってほしかった。
そして、できればその「神様を信じている」という違いを、感じてもらえたら喜ばしいことですよね。

この、日本では少数派のクリスチャン。社会の中で何かと大変なことはあります。今回は、ひとつ乗り越えたわけですが、また同じような壁は必ずやってくることでしょう。
それを、乗り越えながら、少しずつでもクリスチャンとして、成長させてもらえるのだろうなと、マナは考えています。常に再スタートなのだと。

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ひとりの人が生まれた喜び

5月28日午前0時。

もう陣痛が始まって7時間。破水もしている。
妻の苦悶の姿がいたいたしい。私も精神的にすでに折れかかっている。
人が一人生まれるというのは、こんなにも大変なことなのか。

わたしは、あなたのうめきと苦しみを大いに増す。
あなたは、苦しんで子を産まなければならない。

もう、何時間祈っただろうか。創世記の言葉が重く心にのしかかる。
これでも、これだけ苦しんでも、まだ足りないのですか! 神様!

午前1時。

ごめんなさい。私だめだった...。私も、この子も...。ごめんなさい。

息も絶え絶え、涙を流しながら、妻が私に謝ってきた。妻はもう死を覚悟しているのか?
ばかな! そんなことがあっていいわけない。

先生が、私に提案してきた。
陣痛が弱まっています。このままでは産めない。今は深夜。ここで帝王切開の手術はできない。
大きな病院に移しますか?

私も、もはや思考能力は0に近い。もう任せるしかない。
急遽、先生の手配により移送の準備が始まった。私も荷物をまとめて、車に積み、移動の準備を整えた。
しかし、この時妻は、まだ諦めていなかった。指輪に刻まれた十字架を見ながら祈っていたらしい。

午前2時。

すべての移送の準備が整った時、再び陣痛が強まってきた。
先生も、もう一度やってみましょう、と言ってきた。

もはや、私には任せるしかない。先生と、そして神様に...。

午前2時48分。出産。

私はすでに心がペシャンコだったが、もっとも苦しんだであろう妻は、気丈にもすぐに先生と助産師、看護師にお礼をした。

人生で最も長い10時間が終わった。

女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。(ヨハネ16:21)

まだ、2週間しかたっていないから、あの激しい苦痛(私は精神的な)を忘れるわけはないけれど、その苦痛を経たからこそ、ひとりの人(私たちの子)が生まれた喜びは、何にも代えがたい。

苦しみを経てきたこの子に、神様はどんな道を用意してくれているのだろうか。

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新しい命、神様の定めたその時が...

先週の木曜日、待望の第一子が生まれました!! 女の子です。

結婚して8年...。長かったけど、それだけに嬉しいです。

命を創造し、時を定めるのは神様です。
思えば、結婚1~2年目は、父親になろうという意欲も乏しかったし、心の準備も不足だったように思います。
3年目ぐらいから、真剣に求めるようになりましたが、教会に躓き、教会の放浪など、妻は霊的に死に(本人談)、私もいつも苛立ちと焦りに苛まれていました。こんなとき、子供が生まれていたら、私たちにも子供にもとても不幸だったことでしょう。
そうこうしているうちに今の教会に導かれ、6年目には転会。安定した信仰生活を送れるようになり、7年目には家づくり。そして家の完成と同時に妊娠。

確かに、少し年齢的には遅いけれど、心の面でも、子育ての環境の面でも、まさにベストなタイミングで、子供が与えられたわけです。「神様のなさることは、すべて時にかなって美しい。」とは真なりです。

私はたいした信仰を持っているわけでもないけれど、人生の途中で、主と共に歩む道をへと方向転換しました。私のこの信仰を受け継いでくれる存在がほしい。どんな形であってもいいから...。子供があまりに与えられず、妻との間で、養子を頂いてもいいから子供がほしい、という話もしていました。それは、私のこだわり。だから、家にもまだ見ぬ子のために子供部屋も作っていました。

だから、願うのです。この子に望む、ただ一つの願い。この子は、これから数年は、強制的に(笑)、教会に連れて行かれることでしょう。でも、いつか自分の意志で、神様の定めたその時に、信仰を持ち教会に行くようになってほしい。

そんな話を、今週の礼拝では報告と一緒にさせてもらいました。

このブログを見ている方でも、祈ってくださっていた方がいたことと思います。本当にありがとうございました。

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歌えない日々

今月前半のハードスケジュールがたたってか、5/13くらいからずっと風邪をひいていました。今はやりの何とかウィルスではないだけましですが、のどがやられて声が出ない日々が10日くらいも続きましたね。おかげで、礼拝で賛美もできないし、祈祷会は休まざるをえず、仕事でも歌係の私も出番を譲っていました。歌えないとつまらないですね、ほんと。こんなに長いこと歌わないのは、今の仕事を始めていらい初めて。

昨日くらいからようやく声がでるようになってきたので、久しぶりに礼拝でも賛美したのですが、さっぱり声量がない!
こんなに衰えているとは...。今日からまた仕事でも歌い始めたので、もう少しすれば戻ってくるかな...?

やっぱり私って、歌うの好きなんですね...(笑)

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一クリスチャンとして ~その3~ 転換点

職場の中でクリスチャンであることの偏見との戦いの「その3」です。
その1 マナどん引きされる
その2 偏見との苦闘
も良かったらご覧ください。

無宗教の人は、身近にいる信仰者に対して、警戒が強いものです。勧誘してくるのでは? とか、洗脳(言葉が悪いですが)しようとするのでは? とか思うのですよね。信じていないころの私もそうでしたから。
職場の中で、私の人柄が理解され始め、一切宗教話をしない私に対し、周囲の警戒はやわらぎつつありました。しかし、クリスチャンである所長への不満にからめた、キリスト教への揶揄は、どうしても聞こえてきます。耐えなければならない時はたくさんありました。
ここで反論しても、周囲の目的が、所長への不満解消にあるのだから、まったく意味がなく、かえって反発されることは容易に想像できました。

忍耐の時間は、2年にわたって続きました。
ターニングポイントがきました。所長が亡くなってしまったのです。この時、施設も激震しましたが、別の話になるので書きません。
今まで、所長に向けられていた反感、それが無くなったとき、キリスト教はどのように周囲に映っていくだろうか? 揺れ動く施設の中で、そんなことも私は考えていました。

そして...

私は、それまでの姿勢を変えませんでしたが、周囲は劇的に変化しました。「マナさんは所長とは違う」
ようやく、一息つけました。これは、運もよかった。所長が亡くなったことで、キリスト教が反感のターゲットにならなくなったのはもちろんですが、ワンマン体制が崩れて、明確な後継者がなく、何でも全員(といっても6人ですが)の話し合いで決まっていく体制に移行したため、これまで以上に仲間の連携や意思疎通が重要になったのですね。そんなときに、信仰のことでごたごたしている場合でもなかったのです。
クリスマス会も継続されるし、それまでタブーだったクリスマス曲以外の讃美歌も、利用者のもとめがあれば歌えるようになった。

キリスト教アレルギーは消えつつある。
ターニングポイントから1年半、私は、かけにでました。

それまで、他の職員に自らは一度も宗教話をせず、教会の話もしないできた私。
大胆な提案をみんなに持ちかけました。これが通れば、私の戦いは完全に終わったと言っていい。これは、みんながどこまで私を信頼してくれているかの試験!

それは、.....次回!
(このシリーズは次回で最終回です。)

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広がる輪

先週土曜日は、久々の休日でしたが、通称「シャロームの集い」とメンバーから呼ばれている、かつての母教会の同世代の仲間との交わり会がありました。
7回目になるとメンバーの一人が言っていましたが、スタート時は青年会の同窓会みたいな流れだったけど、メンバーもそれぞれ結婚し、かつての青年会を知らないメンバーも多くなり、ついに今回は、私の母教会と関わりのない他教会のクリスチャンも加わり、その輪は広がりつつあります。
もともと定義のない集いなので、誰が加わってもいいわけで、今度は今の私の教会でやろうとうい話もでているくらい。

今回のメインの一つは、盛岡冷麺食べ比べ。マナ的には、「ぴょんぴょん舎」と「山中屋」の冷麺が好みです。なので、この二種の持ち帰り用を、食べ比べてみました。麺のゆで方がちょっと失敗したので、厳密に比較できなかったのですが、やはりスープの味はぴょんぴょん舎が優るようです。キムチも、好みもあるけど、やっぱりぴょんぴょん舎か?
意外な発見としては、おまけにつけた戸田久の冷麺も、意外といけるということですね。(笑)

盛岡冷麺といえば、他に「盛楼閣」「三千里」「髭」「食道園」あたりが著名ですが、全部食べたマナ的には、「ぴょんぴょん舎」が一番という結論を持っています。

他には、賛美や歌のコーナーがありました。賛美はともかくとして、教会音楽以外の歌も歌うのが、この集いらしいかも。盛岡にちなんだ歌として、「北上夜曲」、「緑の町に舞い降りて」(ユーミン)、「雨にも負けず」(宇佐元恭一)、「盛岡ブルース」(笑)、「ふるさとの山に向ひて」(新井満)。かなりマニアックです。

そして、聖書クイズのコーナーでは、かなり難解なクイズで、相当難しかったのですが、ヤマカンが冴えわたり(笑)、なんとか3位に食い込んで、ほっとしました。ちなみに1位はわが妻でしたが、私から見ると妻は聖書辞典みたいだから、順当な結果かもしれません。

最後は、祈りで締めましたが、お腹も心も、満腹になりました。楽しかったな~。ちょっと疲れたけど。
ここを見てるであろうメンバー諸氏、次のネタも今から考えよう!

こんな集いに、参加してみたい方、こっそりメールください。(笑)
もっとも次回は、いつになるかまったく未定ですが。数か月後かな...?

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清心さんを聴く

今日の礼拝後、盛岡南イオンでのマンドリンシンガー清心さんミニコンサートに行ってきました。知らない方のために、清心さんの公式プロフィールを書いておきます。

マレーシアと東北という自然が生んだ、自由奔放で、枠にはまらないその性格が、どこかつかみ所のない存在・・・。始めて会った人はそういう印象を持つかもしれない、しかし、それはクリスチャンの家庭で育った「清い心」という名前が、すべてを語ってくれる。
ピアニストである母と、トロンボーンを吹く父、彼女の側には、いつも音楽が溢れていた。日曜日には必ず教会に行き、母の弾くピアノに合わせ、賛美歌を歌うのが彼女の日常だったという。「愛の中で生きていたい」そう語る彼女にとって、音楽とは、愛に一番近いものであって、それを表現したくて歌っているのだ。

高校生の時、器楽部(マンドリン)に所属し、全国高校ギター・マンドリンフェスティバルに出場。数々のコンサートの場で得た音楽の楽しさは、彼女の根本に流れている歌うことへの想いを更に深めることになった。

”新風のマンドリンシンガー”として、今、各方面から注目を浴びている。彼女にとって、歌、そしてマンドリンとは”祈り”のようなもの、なにげなく出会ったマンドリンに、大きな力を貰い、日々の中にある大切な事を、歌う事で知ってゆくのである。

清心の歌を聴いてくれる人が日々の中で、「嬉しい」や「楽しい」が少しでも増えてくれればと、彼女は小さく微笑む。

全国的にはあまり知られていないようですが、岩手の中では大変な有名人です。私も前から知っていましたが、最近は福祉施設の慰問などもされており、私もいつか生で聴いてみたいと思っていたので、ようやく実現しました。

プロフィールからすると、クリスチャンホームで育っておられるので、推定クリスチャンですが、検索してもはっきりとは確認できませんでした。クリスチャンだと聞いたこともあるのですが...? 誰か情報を持っていたら教えてください。

正直言うと、今日のコンサートは短く、また音楽を聴く環境としては劣悪だったので、良いコンサートとは思いませんでしたが、でも清心さんのとても小柄で優しそうな、それでいて音楽に対する真摯な姿勢の一端を見ることができてよかったです。
目力というか、とても視線に力のある人ですね。観客にじっと視線を合わせて、歌うんです。私も数秒間ですが、視線があってちょっとドッキリしました。ああやって一人一人と視線を合わせているんでしょうね。

今度機会があるときは、もう少し良い環境で聴きたいです。(今回は無料だったので仕方がない。)特にマンドリンをもっとよく聴きたい。

清心さんの公式サイトはこちらです。良かったらご覧になってください。
VitaminK

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待ち焦がれる休日

世の中はGWで、休んでいる方が多い中、私は5/3を除いて休みなくこの2週間を過ごしています。毎年のことだし、それが不満とか、そういうことはないのだけど、疲労が蓄積されて、相当きつくなっています。
運悪く会議やらがいくつも入ったり、4月からの制度改正後の初めてのレセプト作製などで、なかなか予定通り仕事が進まず...。

5/3は、礼拝後、午後は4時間も昼寝したし、今週は夕食後は目も開けていられないくらいで、すぐ爆睡。もちろんブログも書けず。

でも、ようやく今週末は休みです。いや~、長かった。これだけ待ち焦がれた休日はしばらくぶり。(笑)

あまり書かないでいると、怠けくせがつくので(笑)、こんなボヤキでも書いてみました。

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